2011年10月アーカイブ

10月20日になりました。
皆さんのおかげで誕生日を迎えました。
39歳になります。
既にお祝いのメッセージを頂いております。
本当にありがとうございます。

色んな人に励まされ、支えられた1年でした。
みんなからもらったいろんな言葉、いろんな想い。
その数々の全てを改めて大切に感じています。

本当に多くの人たちの姿に深く感謝できた1年でした。
ありがたい1年でした。
たぶん、今まで経験がないぐらい、沢山の人から沢山のエネルギーをもらった1年だったと思います。
人の存在が、本当に愛しく、ありがたく思ってしまう毎日。
関わってくれた全てに、本当に、本当に、ありがとうございます。

自分という人生において、今までに全く経験したことの無いぐらい濃い1年が過ぎ去りました。
毎日が精一杯で、毎日が大変で。
辛抱すること、我慢すること。
そのことで頭がいっぱいで、あっという間に月日が流れていきました。
改めて本当に凄い日々だったなって思います。

去年の誕生日は、まだ、手術の痛みと闘っていました。
痛み止めが効いているんだか効いていないんだかよくわからず。
もうろうとした1日を過ごしていました。

そして、誕生日の日に、手術後、初めて食べ物を口にしました。
重湯(固形物が入っていないほとんど水のおかゆ)を口にしました。
それまで、一ヶ月近く、食べ物を口に出来なかったから、何も味の無い重湯であっても、格別に美味しかった記憶があります。
口から食べられるって、本当に大切だし、こんなに嬉しかったことが、今までになかった気がします

あれから1年。
未だに動くのもやっとで、会社以外は、家で寝ながら過ごすことの多い日々。
今まで頑張って来たのに、自分が何をしたっていうのだろう。
なんでこんな大変な日々を過ごさないとならないのだろう。
どうしてうまくいかないんだろう。
なんでこんなになってしまったのだろう。
そう思ってしまうことも正直あります。
あの時、こうしていれば。
こんなはずじゃなかった。
そう感じてしまうことも沢山ある毎日を過ごしてきたことも事実です。

そんな風に過去のことを色々と思ってしまうことも多々あるけど。
でも、過去をどう恨んでもどう足掻いても変わらない。
大切なのは、過去に何時までもしがみつくことではなく。
今、この時をどう想い、どう生きるかなんだろうなって思っています。

今という時をを支点に、今、感じること。

今まで生きて来て、色々なことがありました。
楽しいこともあったけど、悲しいことも多々ありました。

でも、楽しいことも悲しいことも、それらの全てが、今の自分を創造っているんだと。
沢山の経験も、感情も。
沢山の出逢いも、別れも。
今の自分にとっては、かけがえのない人生の1ページだったのだと。。。。そう思えるのです。
どのページも、ムダがなく、大切な1ページで。
だからこそ、どれも消せないし、否定もできないし。
どれも、愛おしく思える1ページなんだと。。。。そう思えるのです。

昨日、病院に行ってきて、これからの方針を決めてきました。
でも結論に至りませんでした。
人工肛門の現在の状況自体、文献にも載っていない症例で、主治医も、他の先生でさえも、答えが出ませんでした。
主治医が学会とかに足を何度も運んで、権威のある他のお医者さんとかにも相談しにいったそうですが、その方でさえも、症例を聴いて、無言のまま、立ち尽くす状態。
リスクが大きすぎて、どうすれば一番いいのか、よくわからないそうです。
再入院、再手術、そして、退院後。
果たして、うまくいくのか。
どんなゴールが待っているのか。
頭の中で、先のことを考えすぎると、不安には思うことは沢山ありすぎです。

でも、心のどこかで、未来のこと、そして、周りのことをちゃんと感じ。
「きっと、自分を安定な場所へ運んでくれる」と信じ、これからもちゃんとやっていけるんだと信じ、どっしりと腰を落ち着かせている自分もいることは確かです。

未来や希望を信じるという気持ち。
そう感じられるのは、きっと、過去の経験や体験が、自分を成長させてくれていたからなんだって。
過去に起きたことは、きっと、今起きていることへの心構えとして準備してくれていたんだって。
人生という旅の途中で困らないようにと、きっと、用意してくれていたんだって。
だから、どれも、欠かすことの出来ない、大切な1ページなんだって。
そう思えるのです。

産まれる前に、人生を選んで来たって、よく耳にするけど。
今ここに、この姿でいる自分が在ることもまた、産まれる前に選んできたんだろうなって思うし、約束されたことなんだろうなって、信じています
そして、数年後には、今の状況もまた、愛おしく思える大切な1ページとなり、そのページに書き込まれた経験の全ては、自分にとって、かけがえのない宝物になっていくんだろうなって、信じています。

見えない世界が見える友人に、「あなたは愛を伝えるために産まれて来た」って言われたことがあります。
本当にそうならば、今のこの状況も、その一つの糧になっているんだろう。
その使命を果たすために、今、生かされ、生きているんだろう。
私は、そう信じているし、いつも、そのことを心に秘め、生きていきたいって。
改めて思っています。

そして、多くの仲間たちに出会えたこと、多くの人たちに支えられたこと、その全てが、自分へのメッセージだと受け止めています。
その多くのメッセージを生かし、少しでも多く還元していくこと。
それが、私の役目なんだと。
改めて感じています。

今まで、自分に、いろいろな経験をさせてくれて、本当にありがとう。
そして、これからも沢山の経験を、どうぞ、よろしくお願いします。

自分の為に、そして、みんなの為に。
過去に感謝して、今という時を、これからも生きていきます。

光を目指して。
光になるまで。

これからも、一歩一歩、今を生き、歩んでいきます。

KOKIA moment~今を生きる~ 特別バージョン
http://be-smile-presents.net/stream/nipopo.html


シェアボタン: このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

日常

| コメント(0) | トラックバック(0)
今日は、外は雨。
相変わらず週末は自宅でのんびり過ごしています。

身体の方が、少し安定してきました。
前の日記にも書いたように手術を控えているし、風邪とかひけないので、体力温存の為にものんびりと過ごしています。

最近は、本を読んだりしていることが多い。
あと、昔、よくやっていたPCゲームとかを引っ張り出したり、安価になったソフトを買ってやっていたりします。
ロールプレイングとかシミュレーションとか。
のんきにやっていた昔は、朝までやっていたこともあったけど、上映会などイベント開催とか毎週、毎月のようにやるようになってからは、そんな暇なんて少しもなかったからねぇ。
なんだか、あの頃が懐かしいです。

あとは、ちょっと、創作活動を。
出来上がったら、あとで公開します。

のんきに過ごしていると考える暇もあるのか、色々と思いにふけっています。

最近、知り合いや有名人が亡くなったっていうお知らせがやたらと多いですね。
極端に多くなったわけじゃなく、ただ単に、目がそちらにむかってしまうだけなのだと思う。

こういう話を耳にする度に、命ってなんだろうって思ってしまう。
命は有限。
その限りある命を精一杯に生きて来た彼ら。
残された者は、彼らの魂を胸に、彼ら以上に輝かせて生きていかないとって思います。
彼らが残してくれたこと。
その残してくれたことを生かしていくこと。
それが彼らへの供養にもなるってそう思います。

そして、今を生きている私たちもまた、何かを残していかないとって思うのです。
色々とある世の中だけど、今を精一杯に輝かせて、生きていきたい。

のんきに過ごしていると、日常の時間の経過が早くて、あっちゃーって思う事が多いけど。
でも、改めてそう思うことの多い今日この頃です。

KOKIA 君をさがして
歌詞→http://www.uta-net.com/song/82613/
シェアボタン: このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
もう、10月ですね。
なんか1年が過ぎるのが、やたらと早い気がする。
別にこれと言ってやることが沢山あって忙しくてしているわけではないんだけど。
今は、1日、1日を生きていくのがやっとなのか、とても、早く感じてしまっているのだと思う。

去年の10月。
今思うと、生涯、こんな事が一変に起きるのかっていうぐらい大変だった月でした。
一気に色んな事が起き、無我夢中。
何が起きたのかわからず、対処するのが精一杯。
そんな感じでした。

9月半ばに悪化した腎臓にカテーテルを入れるために10/4に再入院。
10/5に手術。
入院する期間も2泊3日で終わるっていう簡単なものだったのに・・・。

手術が終わって麻酔が切れると、右足付け根に何とも言えない激痛。
悲鳴とも怒鳴り声とも言えない言葉を発した自分。

手術中、なかなか通らない入らないカテーテルに焦り、麻酔で意識がなくなっている私の体位を無理に変える。
その為に、付け根に負荷がかかり過ぎた。
右足大腿骨頚部を骨折。
ほとんど粉砕骨折に近かった。
絶対安静状態。
そのまま、ICU行き。

このままでは、足が腐り落ちるかも知れないと、整形外科の医師に言われる。
10/7。
偶然にもたまたま開いていた手術室に直行。
一か八かで、骨をつなぎ止めるための再手術。
ボルト数本をガンガンいれて、何とか成功。

なんとかつなぎ止めたが、今後、再生するかわからない状況。
今後、寝たきり、もしくは、どんなに良くても、車いす生活になることを覚悟するように言われる。
社会復帰は絶望的かもしれない。。。明日、どうなるかわからない不安な毎日を過ごす。

絶対安静で動かせない身体。
寝返りも身体を起こすことも出来ない。
次第に、食欲が激減する。

内蔵の動きまでもおかしな状態になる。
たぶん、今までも病気を抱えていたのだろうけど、絶対安静の為、悪化させたのだろう。
10/14の朝方、お腹が異常なまで膨れ上がる。
そして、腸閉塞。
もう少しで破裂しかかっている可能性大と言われ、10/15の夜、緊急手術。
腸は破裂寸前までになっていて、大量出血。
しかも、癒着などが激しく、大手術となる。

どうしようもない状況に陥ったが、予定よりも違う方法で、何とか、人工肛門を付けて難を逃れる。

これにより、何とか生き延びられた。

だけど、10月中は、生きている心地がしなかったのも事実。
そして、不安や恨みなど、ネガティブな様々な感情が渦巻いていたのも事実。

自暴自棄になっていてもおかしくなかったなって、今更ながら思う。


人工肛門の手術の後、麻酔から覚めたとき、何とも言えない、開放感の様な感覚は今でも覚えている

それまで、家族や事故を起こした担当医にどうしようもない怒りの様な気持ちをぶつけて泣いたことはあったけど、それぐらいで、表には感情を出さなかった。
でも、内心「なんで、私がこんな目に遭わないとならないのだろう」と、何とも言えない憎悪との葛藤が酷かったのは確かだった。

ところが、人工肛門の手術から帰ってきて全身麻酔から目覚めた時、「これで良かったんだ」っていう言葉が急に心の中に浮かび、憎悪から解放せれたような。
フッと心が軽くなった感じがしました。

さすがに10月中は、何度となくゆれ戻しでネガティブな気持ちとポジティブな気持ちを激しく行ったり来たりしていた。
けど、11月に差し掛かると、次第にフラットになっていった。

フラットになった後は、いい方向へ一気に事が進んでいった。

一生寝たきりかもしれないって言われていたのに。。。。

付けられていた様々な管がはずれ。
寝返りができるようになり。
上半身を起こすことが出来るようになり。
リクライニング式車いす(寝た様な状態に出来る車いす)へ乗れるようになり。
全身浴できるようになり。
リクライニング式車いすではなく普通の車いすでも座れるようになり。
車椅子を自分で動かせるようになり。
立ち上がることが出来るようになり。
歩く訓練ができるようになり。
歩行器移動ができるようになり。
杖であるけるようになり。
自立行動ができるようになり。

2月11日に退院。

やっぱり、治りたい、動けるようになりたい、っていう本人の気持ちは大切なんだって、そう思う。
そして、その気持ちに応え、諦めずに支え続けてくれる周りのサポートがあるから、ここまでやってこれたんだろうなって、そう思う。
歩みが遅くても、何年かかったとしても、諦めない心。
その気持ち。
本人、そして、周り次第で、奇跡って起こせるのかもしれない。
そう思うのです

医療事故でこうなったせいもあってか、看護師さんや担当医に何度となく、「恨んでませんか」って言われる。
でも、「恨んでない」ってはっきり言ってきた。
恨むぐらいなら、そのエネルギーを治す方に変えていきたいし、そのエネルギーがあるなら、治ることも可能だと思っていたから。

医療事故ってなると、色々と裁判沙汰になるけど、そんなことをしたところで、前の自分が帰ってくるわけではないし、そんな過去の事にしがみついていても、何もならない。
だったら、前に行きたいって思うのです。
だから、事故とも思っていない。

でも、そう思っていられるのも、周りのサポートがあったからなんだろうなって思う。
事故を起こした主治医は春に他の病院に移動になったけど、それまで投げ出さず、逃げ出さず、親身になってしっかりケアーしてくれた。
関わってくれた他のお医者さんや看護師さんやその他病院関係者の皆さんには、大切にしてもらった。
そして、今も、一番に気にかけてくれている。
そんな中で、恨んだり、訴えたりする気持ちなんて、私には到底出来ないなって思う。
本当にありがたい。


でも、身体の方が気持ちに追いつかず。
やっぱり、無理があるせいか、11月に再手術になりそうです。
人工肛門の状態が最悪な状況になりました。

人工肛門を作る時、普通、内臓の位置や筋肉の位置など、色々と計算しながら手術する。
でも、私の場合、緊急で、しかも、当初、人工肛門を付けようと計画していた箇所の腸は破裂していたから、作ることが出来ず。
急遽、別の場所に作ったというのもあって、やっぱり、維持するのは無理だったみたいです。
酷い時には、腸そのものが20cm近く身体から飛び出してしまっています。

こんな状態なので、再度、作り直すことになりました。


私の場合、手術はかなりハイリスクです。
麻酔をかけるまえに気管に管を突っ込んで、直接、肺に空気を送るのですが、頸椎が曲がっているので、管を挿しづらく、人工呼吸をはじめるつけるまでに2時間近くかかる。
そして、内臓の位置がかなりおかしく、密集していて、癒着も激しい。
前に破裂していた腸が今どうなっているかわからない。
など、色々とハイリスクをかかえているので、普通よりもかなり難しい手術。

怖いっていえば怖い。
不安っていえば不安。

だけど、このまま行けば、本当に寝たきりになるし。
同じところでジタバタするよりか、危険があったとしても、少しでも前に進めるのなら進みたい。

その気持ちのみで、再度、手術を受けます。
ここまでくると、藁にすがる気持ちに近いかな。。。

今年も10/20の誕生日のプレゼントが手術後最初に口にする重湯かなって思っていたけど(笑)
今年は誕生日の前後に手術日や手術方針など決定しそうです。

最近、10月って色々と忙しいことが多いけど、今年も慌ただしく過ぎ去りそうです。


病気になる前から、私は走り過ぎだって言われていたけど。
病気になっても走っているような気がする。

じっと待つ事が嫌いなんでしょうね。
じっと待って事が過ぎ去っていくぐらいなら、自分で道を切り開きたいってそう思ってしまう。
怖くても、不安でも、前に進むことしか頭にない。

でも、誰かがやってくれるなんて待っていても、最後に切り開くのは自分なのだから。
少しずつでも、立ち止まりながらでも、歩み続けていかないとならないんだってそう思って生きているのです。
どうせ死ぬなら、やることやってから死にたいって思うのです。

こういう性分なんだろうね。
死ななきゃ治らないと思う(笑)
でも、それならそれで、自分は、この性分をとことんまで生かして生きていたい。
そう思う。

孤独な生きもの KOKIA

シェアボタン: このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2012年4月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

カテゴリ

Powered by Movable Type 5.11

応援サイトバナー

  白雪姫プロジェクトを応援しています

このアーカイブについて

このページには、2011年10月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2011年9月です。

次のアーカイブは2011年11月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。