伝えたいことの最近のブログ記事

「moment ~今を生きる~」

先日の私の講演会の中盤で使った曲です。
このユーチューブのビデオは、コンサートバージョンですが、CD収録のオリジナル版を使いました。

この曲、311の東日本大震災の前日にコンサートホールで一発録りした曲で、歌詞の内容は、この混乱した世の中を生き抜く応援歌になっていると感じます。

私自身も、退院後、未だ、どうにもならない身体を

引きずっていたとき、この曲に出逢いました。
そして、リピート状態でずっと流しっぱなしにして、何度も
励まされた曲でした。

だから、自分の復帰講演会の時には、必ず使おうと思っていた曲になっていました。

「失ったものがあるなら、それにも増す愛で生きよう。」
「失ったもの以上の、愛が私を輝かせた」


この言葉に、今の自分の想いに共鳴していたから。
なかなか好評で、講演後、個人的に問い合わせくれて、とても、嬉しく思います。

思う通りにならない事ばかりだけど、だからこそ、今という時を心底笑って生きられるように。
その為に、過去も未来もあるのだと、思うのです。

そして、全ての時を、味方にするかどうかは、自分次第なのだと思う。
どう受け止めるか。
どう感じるか。
それだけなのです。
その為に、時は、その1ページ、1ページを用意してくれているのだと、思うのです。

だからこそ。

今を大切に。
今を感じながら。
今を受け止めながら。

生きて欲しい。

そう思います。

今を共に生きる全ての人に。

生きて欲しい。

そう思うのです。

歌詞はこちらです → KOKIA『moment~今を生きる~』


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10月8日。
『天から見れば』上映会+武市にぽぽ講演会。
来て頂きまして、本当にありがとうございました。

「いのち☆つながる広場 日野」としてのご報告、ご挨拶は後ほど、じっくりとさせて頂きますが、まずは、自分の講演会のことを。

本当に沢山の方が来てくれました。
80名の満員御礼でした。
来てくれた方々には、感謝の言葉しかありません。
応援してくれた方にも、感謝の言葉しかありません。
ありがとうございました。

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私の講演会としては、約二年半前でした。
それから、私としては、急転直下の大波乱を乗り越えて、やっと、舞い戻ってきました。






終わった後の打ち上げの席では、もう死人状態でしたが(笑)
実は「2年間かけてやっと乗り越えられた」という、エベレストの頂上にやっとの想いでたどり着き、頂上から景色を眺めているような、そんな想いが溢れ、泣きそうでした。000002981007.JPG
それぐらいの感覚が、今回の講演会にはありました。
講演では、「乗り越えた」とは言っていましたが、まだまだ、登っている最中で、苦しかったのです。
辛かったのです。
そして、講演後のトークセッションが終わり、会が終了したとき、やっと、頂上にたどり着きました。
そこから見えた景色・・・・本当に何もかも愛おしくて、幸せでした。

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講演内容としては、まだまだ荒削りの状態で、反省は多々あります。
時間配分を完全に間違えたこと。
終わりの方が、バタバタで尻切れトンボのようになってしまったこと。
言わなければならないことが、言えなかったこと。
実のところ、原稿の1/3が吹っ飛びました(笑)

でも、でも、それでもOKでした。
やりきったという想いでいっぱいでした。
本当に、やっとここまで来られたという想いで溢れかえっていました。

そして、今まで、支えてくれた皆さんに、感謝、感謝、大感謝でした。
本当に、ありがとうございました。
来てくれた皆様も、応援してくれた皆様も。
全ての人がいてくれたからこそ、乗り越えられた山だったと思います。

そして、私はやっぱり「障がいを生涯かけて生きていく」ことが使命なんだと、改めて、腹に落ち、改めて、伝えて行くことを辞めたりしないと誓った一日でした。

一人でも多くの人の心に「生きていく力」を伝えて行く。
全ての人の心の中にある「光」に気付くようにサポートしていく。
これが私がこの身体で産まれた意味なんだと改めて思いました。

皆さん、素晴らしいのです。
皆さん、頑張っているのです。
だからこそ、応援して、サポートしていきたいのです。

だから、私は生かされたのです。
そう改めて思います。

皆さん、本当にありがとうございました。
全ての人が、笑顔になってくれるその日まで、私は歩み続けていきたいと思います。
そして、「今」の全てに感謝いたします。

何度言っても言い切れない想い。
本当にありがとうございました。

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日付が変わって昨日。
10月5日は、大腿骨頸部骨折記念日でした(笑)
こういう言い方をすると、親は苦笑いしますが。。。。汗

第二の生誕祭ともいうのかな。

2年前の昨日、手術中の事故。
そのまま、長期入院となりました。
全ての治療が終えたのは、結局、1年半もかかり、今でも、以前の6~7割程度ぐらいにしかなっていない。
多分、これ以上は無理だと思っているし、人工肛門とかもあるので、このまま、仲良く生きていくしかないのだけど。
でも、あの時から比べたら、雲泥の差。
随分と楽になりました。

でも、あの時は、本当に、明日どうなるかもわかっていないし、恨み辛みで頭がいっぱいで、今のことすら考える余裕もなく、悶々とした時間を過ごしていたなって思います。

あの頃の日記を読み返すと、自分で書いた日記なのに、「どんなに辛かったのだろ」と胸が詰まるような想いがします。

http://be-smile-presents.team-soranoyakusoku.jp/to_sky_of_hope/2010/10/post-94.html

あの地獄のような日々から抜け出せて、ほんとによかったと思う。

「生きているだけで良いんだ。寝たきりでもどんな形でもまずは生きよう。それでいいんだ」

っていう想いが頭の中にフッと沸いたのと同時に、何とも言えない幸福感に満たされた瞬間かあり、そこから全てが好転していった。
自分の今を全て受け止め、丸々愛せた瞬間なのだと思う。
その瞬間から全ての歯車が一気に回り始めたことには変わりなかった。

これが奇跡なのか、それとも、はじめから予定されていたことなのかよくわからないけど。

でも。

なにも悪いことは起きないんだ。
全て必要あるからこそ、そこにあるんだ。

と、心底思えたし、腹の底に落ちたような気がします。

この大切な気づきを得るために、あの時があった。
そして、それを伝えるために、今がある。

10月8日。

そのことも含め、どこまで話せるか、どこまで伝えられるかわからないけど。
今、できるだけのことを精一杯、伝えられたらと思っています。

まだ、お席があります。
是非とも、ご来場ください。

そして、明日を共に生きるために。
皆さんと共に、その"生きる力"を分かち合えたらと思います。

10/8 『天から見れば』上映会+武市にぽぽ講演会
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私自身、人前で話すことは、とても苦手で、自分のことを話すことがとても恥ずかしくて。
いつも、裏の方で細々とやっていることが多かった。
でも、ある人の話し方セミナーのようなイベントに出たことがきっかけになり、「自分でも、何か伝えることができるのではないか」と思い始めた。

大切なのは上手く伝える事ではなく、あるがままを伝える事。

チーム『宇宙の約束』やオープンハートの会で、15分程度、話す機会を頂き、練習を重ね、2008年5月。
初めての単独の講演会。
1時間半の講演会だったけど、その講演の後、来てくれたお客様から、「もう一度、生きてみたいと思いました」と言ってくれた。
「私も誰かのために何かやろうと思えました」と言ってくれた。

この一言が、今でも、私の励みになっています。

私自身、講演の仕方なんてほんとプロとはほど遠いし、すっごくへたくそです。
もっと上手く話せたらなぁって思うことが多いです。

でも、飾りません。
大きく見せません。

あるがままでいこうと、今でも思っています。
それが、自分だし、その自分を伝えたいから。
その自分が、誰かの生きる力になってくれたら素敵だと思うから。

入院中も、ずっと、話したい、話したいって思っていました。
その思いを、10月8日に話せるなんて、本当に嬉しくて仕方ないのです。
この想いが、誰かの笑顔に変わってくれたら、とても、幸せなのです。

来てくれる一人ひとりのお客様の顔を思い浮かべながら、講演内容を考えています。
その人が笑顔になってくれる姿をイメージしながら、その日をむかえたいと思っています。

10月8日が、素晴らしき日になりますように。

生き続けたいと思う人が、生きていけますように。
輝き続けたいと願う人が、輝き続けますように。

自分の小さな想いが、大きく花開くまで。
一歩一歩、歩み続けて、生き続けて、愛し続けていきたいと思います。

10/8 『天から見れば』上映会+武市にぽぽ講演会
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市民活動フェアもバタバタと終わり、ここら辺で一息、入れたいのだけど、、、、
でも、時間は待ってくれません(笑)

10月8日!
こちらのブログではちゃんとお伝えしていなかったので、改めてなのですが。
『いのち☆つながる広場 日野』主催で、イベントを開催いたします。
あと、1週間もない!
こちらに向けて、一気に加速していきます☆

この日の午後の部。
私の講演もあります。
講演会という名がつくお話し会は、ほぼ、2年半ぶりです。

私は、311の東北での震災後、今のこの時代の為に、何が出来るだろうとずっと思っていました。
震災や原発事故で苦しい想いをしている人達も含め、様々な混乱と混沌の中で必死にもがき苦しんでいる人達に向けて、何を伝えられるのだろう、何ができるのだろうと、ずっと考えていました。

私自身、2年前に体調を崩したのをきっかけに、入退院を繰り返し、一時期、絶望の淵に立たされたことがありました。

腎臓へカテーテルを通す二泊三日程度の入院ですむような簡単な手術の後。
麻酔から覚めた途端、地獄を見ました。
そして、「もう歩けないから」「最悪、寝たきりかもしれない」と言われました。

どうしようもない怒りや悲しみ、憎しみに明け暮れました。

でも、ある瞬間、「生きてるんだからそれで良いんだ。
それで十分なんだ。」って身体全体で感じ、その途端に、憎しみや悲しみが一気に洗い流され、今まで感じたことのない幸福感に満ちあふれ、力がよみがえってきました。

そして、1年半という闘病生活を乗り越え、今、自由に動けるまでになりました。

この想い。
この願いを、誰かに伝えたい。
今、一番、苦しんでいる人達に向けて、生かされた命の力を還元していきたい。
そう思っていました。

入江富美子監督の最新映画『天から見れば』の映画の情報を見た人達から聞いた時、「この映画こそが、今の時代に必要なことが詰まっているのではないか」と思い始めました。
そして、先日、いのち☆つながる広場日野でスタッフ向けの試写会を開かせて頂いた時、その想いが確信に変わりました。

今、この時を生きるすべての人に。
今、この時を一緒に歩んでいきたい皆さんに。
生きる力を伝えたいのです。
乗り越えていく力を伝えたいのです。

明日へ歩み続ける為に、今という時を愛と共に生き続ける。

その大切さを伝えたいのです。

10月8日。
実行委員長にいのち☆つながる広場日野のメンバーの長谷川さんを迎え、その元で、この願いが実現します。

午前中は、ママさんタイムといって、お子さん連れでも一緒に安心してご覧頂けるようにいたします。
午後は、私の講演会と、会場の皆様と今の想いを分かちあう為の交流会の時間を設けます。

皆様、是非、足を運んでください。
周りの人にお伝えください。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

申し込み、詳細はブログまで。
http://ameblo.jp/team-kawasemi/entry-11332978596.html

*****************

ドキュメンタリー映画『天から見れば』自主上映会
~禍福一如( かふくいちにょ)の教え~

日付:2012年10月8日(月・祝)
時間:午前の部 10:00開場 10:30開演 12:10終演(予定)
    午後の部 12:40開場 13:00開演 16:30終演(予定)

場所:平山季重(すえしげ)ふれあい館 平山交流センター大ホール
    日野市平山5-18-2
    京王線 平山城址公園駅下車 徒歩1分
    JR中央線 豊田駅下車 かわせみ号にて10分 ミニバスにて10分
    http://www.city.hino.lg.jp/index.cfm/195,43680,343,1985,html
    Google map →  http://goo.gl/maps/e0AwC
    ※お越しの際は、公共交通機関のご利用をお願いします。
     障がいをお持ちの方で車を利用されたい方は、ご連絡ください。
料金:前売り 大人1200円 小中高500円 未就学児:無料
   当日  大人1500円 小中高500円 未就学児:無料
   ※障がいをお持ちの方は、大人1名分の料金で介助者を含め
    2名まで入場可能です。事前にお申し出ください。

<お問い合わせ・お申し込み先>
   TEL:090-3697-6325 (長谷川)
   FAX:042-632-5265
   メールアドレス:1008_event@inochi-tsunagaru.net (武市)
   受付フォーム:http://www.inochi-tsunagaru.net/event/1008/form/
   ブログ:http://ameblo.jp/team-kawasemi/
     メール、お電話、FAXでお申し込みの時は、
     お名前、連絡先、参加人数、このイベントを知ったきっかけを
     ご明記の上、お申し込み下さい。
     障がいの有無など何かありましたら、合わせてご連絡ください。

<主催> いのち☆つながる広場 日野
     わたしたちは日野市を中心に、いのちをテーマにした映画上映・講演会
     などの啓発活動をしているボランティア団体です。
     月1回「いのち☆遊び場」開催(参加自由)
<後援> 社会福祉法人 日野市社会福祉協議会
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NHKで出生前診断の特集をやっていて見ていた。
前にブログで、その事を書いたけど、

「命の選別」

ブログのアクセスログを見ると、「出生前診断」や「ダウン症」などの検索キーで検索して飛んできている人がいるので、みんな、何かしら気になっていることなんだろうなって思う。
産むにしても、堕ろすにしても、それぞれ、傷つき、もがき、苦しんでいることにはかわりないのだろうし、この特集を見ていても、凝視できないぐらいの苦しみが伝わって来て、胸が痛くてしかたなかったです。
だから、一方的には、どうのっては言えないのだけど。
でも、前に書いたブログで言ったように、やっぱり、"何か"がおかしいのです。
その"何か"でみんな苦しみ、傷ついている。
それでも産みたいのに、出来ないという"何か"に苦しんでいる。

以前、10月8日にやるイベントのスタッフミーティング の前で、早めに集まった友人と話していたのだけど、この問題とリンクするのが、「尊厳死」の話だと思っています。
イギリスで、尊厳死を希望する脳卒中で全身麻痺の患者が裁判を起こし、結局、認められず。その方は、餓死という形で亡くなりました。
イギリスを含め欧州では、この手の議論は盛んで、裁判が幾度も起こされ、却下されると尊厳死を認めているスイスに行って亡くなるというツアーの様なものまであります。

生も死も意味があるとは思うし、終末期医療における積極的治療の中止という観点から尊厳死を語られるのであれば良いとは思うのです。
ですが、ちょっと足の置き場を間違えれば「障がいをもつ。動けなくなる。」=「世の中のお荷物」という根底に流れてしまっている精神状態そのものを助長させるだけに過ぎないと私は感じてしまうのです。
現に日本で超党派議員による尊厳死における法律では、第一案では終末期医療における積極的治療の中止を語っていますが、第二案では障がい者や高齢者に対する尊厳死の許可まで幅広く語られていまっていて、私なんかはゾッと感じてしまいます。

動けなかったら、動けなくなったら、人間じゃないのでしょうか?
五体満足でなかったら、社会のお荷物なのでしょうか?

確かに、色々と費用も人手もかかることだとは思うし、きれい事だけではすまないとは思うのですが、親族だけが介護するとかいうから難しく、苦しくなるのです。
みんなで力を持ち寄り、みんなで助ける。
その考え方さえあれば、一つ、一人の負担が軽くなると思う。

昔、重度の精神障がいで仕事にも長い間行けず引きこもり状態になっていた友人がいて心配になって逢いにいったことがあります。その時に友人がぼそっと「タ ダ飯喰らい、穀潰しは恥さらしだ。死んだ方が世の中のためなんだ」と言った言葉が胸に突き刺さりました。今でもそのときの表情や声を覚えています。

イギリスで尊厳死を認められず餓死することを選んだ男性は、Twitterで「生きていてよかった」と最後のメッセージを残していたけど本当なのかな。

自分も2年前、寝たきりを宣告され、下の世話さえも出来ない状況が何ヶ月か続いたけど、「生きているならそれで良い」って悟って、今の自分をそのまんま受け入れていました。
動けていた頃のことと見比べたところで、何も始まらないし、これからのこと。
今、ここに生きていることだけ考えていました。

本来、それでいいんだって思うのだけどな。。。
でも、それじゃいけないって思ってしまうってどういうことなのだろう。。。
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911。

東日本大震災から1年半。
多くの人が、今という時代を祈り続けた日になったと思います。

そして、私にとっての911。
911
やっぱり、後にも先にも、地球の裏側で起きた、この光景でした。
それは日本時間の21時45分に起き、世界の本当の姿を表した瞬間でした。

テレビでその姿を見たとき、今まで見ていた世界は幻想でしかなく、本当はもっと混沌で、もっとドロドロした姿をしていたことを知りました。
私自身、その頃には既に某団体でボランティア活動をし、色々な啓発イベントにスタッフとして参加したり、勉強会に参加したりしていたのだけど、「誰かのため」ではなく、自分探し、自分の居場所探すだめだけの行動でしかありませんでした。

でも、この瞬間、私の中に「誰かの為に」が産まれました。

誰かの為・・・・・誰かと共に生きること。
全ての人々が、この世界で共に認め合い、共に助け合い、共に生きていける世界を創りたい。
そう思い、そう突き動かされたのが、この日のこの瞬間。

だから、私に取って、この日は、大切な日で、大事な日で、欠かせない祈りの日だと思っています。

帰ったらしずかに過ごしていました。
そして、21時45分に祈りを捧げました。

全ての命に向けて。
そして、自分の志を再確認する為に。

あれから何か変わったのかな。
あの日から世界は激動の時代になり、今でも、多くの争いが起き、多くの人が涙と落とし、命を落としている。
日本では、1年半まえに大震災が起き、多くの人が亡くなり、泣き、悲しみ、そして、今なお、多くの人が苦しんでいる。

人の中のエゴは、今でも消えることが無く、それを見る度に悲しい想いもするのだけど。
でも、それでも少しずつ、少しずつ、愛の本当の意味を知り、生きる意味を知り、気づき、自覚し、目を覚まし、産まれ変わっていると、少しでも、ちょっとでも信じて今を生きていたいと思います。

これから何が起きるのか。
そんなこと、何一つわからないのだけど。
何が起きたとしても、恐れではなく、愛で生きようと思います。

誰もが悲しくて泣くことがないように。
笑顔が少しでも増えるように。

自分が今できることを精一杯やり遂げて、祈り続け、生きていきたいと改めて思う。

そんな911の一日でした。

最後に、だいぶ前に創ったビデオを載せておきます。

前半は、私が日本からバックアップするという形で手伝わせて頂いたアフガニスタン支援での模様と、後半は同じくアフリカ・ザンビアのHIV孤児達の支援の模様です。
最後に映る地雷地に咲く花の様に、誰かの希望で有り続けたい。
そう思います。


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私は、311の東北での震災後、いまのこの時代の為に、何が出来るだろうとずっと思っていました。
震災や原発事故で苦しい想いをしている人達も含め、様々な混乱と混沌の中で必死にもがき苦しんでいる人達に向けて、何を伝えられるのだろう、何ができるのだろうと、ずっと考えていました。

私自身、2年前に体調を崩したのをきっかけに、入退院を繰り返し、一時期、絶望の淵に立たされたことがありました。

腎臓へカテーテルを通す二泊三日程度の入院ですむような簡単な手術の後。
麻酔から覚めた途端地獄を見ました。
そして、「もう歩けないから」「最悪、寝たきりかもしれない」と言われました。

どうしようもない怒りや悲しみ、憎しみに明け暮れました。

でも、ある瞬間、「生きてるんだからそれで良いんだ。それで十分なんだ。」って身体全体で感じ、その途端に、憎しみや悲しみが一気に洗い流され、今まで感じたことのない幸福感に満ちあふれ、力がよみがえってきました。

そして、1年半という闘病生活を乗り越え、今、自由に動けるまでになりました。

この想い。
この願いを、誰かに伝えたい。
今、一番、苦しんでいる人達に向けて、生かされた命の力を還元していきたい。
そう思っていました。

入江富美子監督の最新映画『天から見れば』の映画の情報を見た人達から聞いた時、「この映画こそが、今の時代に必要なことが詰まっているのではないか」と思い始めました。
先日、いのち☆つながる広場日野で試写会を開いた時、その想いが確信に変わりました。

今、この時を生きるすべての人に。
今、この時を一緒に歩んでいきたい皆さんに。
生きる力を伝えたいのです。
乗り越えていく力を伝えたいのです。

明日へ歩み続ける為に、今という時を愛と共に生き続ける。

その大切さを伝えたいのです。

10月8日。
今回の実行委員長の長谷川さんの元で、この願いが実現します。

午前中は、ママさんタイムといって、お子さん連れでも一緒に安心してご覧頂けるようにいたします。
午後は、私の講演会と、会場の皆様と今の想いを分かちあう為の交流会の時間を設けます。

皆様、是非、足を運んでください。
周りの人にお伝えください。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

詳細案内 ↓
2012年10月8日(月・祝)
いのちj☆つながる広場 日野 主催イベント
日本画家 南正文
ドキュメンタリー映画『天から見れば』自主上映会
~禍福一如( かふくいちにょ)の教え~

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前から書こうと思っていたこと。
さくっと書いてみます。

「インクルーシブ教育」で特別支援はどう変わるの?(Benesse教育情報サイト)

私、昔から言ってきたことがあります。
前にもブログで書いて、障がいを持っている人、ご本人から色々と言われましたが。。。。

でも、改めて言います。

今までのような特別支援学校は、必要無い。

キツイ言葉ですが、日本のこの制度は、「障がい者の教育を支援する」という表向きは善意的に見えますが、その善意という名を借りた障がい者の隔離政策だと思っています。

もし、隔離ではないというのであれば、なんで今まで、

「障がい者は原則として特別支援学校、並びに学級に入学させる」

なんていう方針が出てくるのでしょうか?
何をどこで学ぶかは、あくまで、個々が選択し、それぞれがそれぞれであるべきなのに、なんで、さも当たり前のように、障がいの有無によって、学ぶ場所を指定されないとならないのでしょう。
しかも、医学的な内容まで事細かく指摘され、その人達を障がい者とする、とまで位置づけまで行っているのです。

私が幼稚園、小学校に進学するときも、さんざん「養護学校(今でいう特別支援学校のこと)へ」と薦められました。
親も私もそれを拒否。
最終的には、当時住んでいた市にある障がい者団体などの力を借り、何とか普通学級へ進学できました。
でも、もし、その支援がなかったら、私も養護学校へ行かされていたでしょう。

先進国で、障がい者を原則として特別支援学校、並びに学級に入学させるなんて方針を打ち出しているのは、私が知る限り、日本だけです。
先進国では、自閉症や重複障がい(幾つかの障がいが重なっていること)など、特別な環境や技術がないとならない場合を除き、インクルーシブ教育(障がい 者を普通学級へ入学させて一緒に教育させること。または、一緒に教育が受けられるように支援すること。)が積極的に行われています。

例えば、アメリカは、2000年の時点で、一部の保守的な州を除き、普通学級への入学は50%を超えています。
なぜ、そこまで積極的なのか。
アメリカ憲法そのものが、性別や人種や障がいなどによって、区分け、隔たりを許しておらず、皆、同じ場所で、同じ権利を得、同じ教育を受けることを保証しているからです。
だから、ケネディー大統領以降、法律として積極的に教育現場を改善し、インクルーシブ教育を推し進めてきました。

これと同じように、イギリス、フランス、イタリアなど、他の先進国も同じように特別支援学校の様な施設を減らし、普通学級への入学を増やしていっています。
イタリアは、普通学級への進学率は100%近かったと記憶しています。

勿論、知的障がいなど学習困難な場合もあります。
その時も、障がい者本人や家族の意向をくみ取った上で、普通学級への進学を望むのであれば、リソースルームなどといった補完教育やカウンセリングを併せて行うことで、推し進めています。
そういう意味での支援学校、学級は必要だと思います。

私は、この日本の障がい者教育のやり方そのものが、障がい者と健常者を、遠くわけ隔てる元凶だと思っています。
両者がわかり合えない元凶だと思っています。

小さい頃から、別々の部屋、別々の施設で暮らすから、いつまでたっても、誤解や偏見が絶えないのです。

健常者は障がい者を知らず。
同じように、障がい者は健常者を知らないのです。

一緒に暮らす術も、助け合う術も何もしらないのです。
だから、ますます、両者の間が開いていく。

これは、障がい者の権利としてだけではないです。
障がい者としての最大の義務でもあると思います。

そう。
社会の一員として、障がい者が生きていくための義務です。

前にあげた発達障がい者が起こした事件も、防げたかもしれないと思っていますし、障がい者の就職率の低さなども、これらのせいではないかと思っています。
だからこそ、このわけ隔てた教育のやり方そのものを見直していくべきだと、ずっと、思っていました。

小さい頃から隔離してしまうことで、社会の一員だという体現的に自覚さえ出来ず、自分自身の存在価値もわからず。
その為、実際に社会に出たとき、混乱してしまうのです。
だから、ますます、引きこもってしまう。

フランスでは、インクルーシブ教育により、障がい者全体の学力が向上し、障がい者に対する偏見や差別も減り、就職率もアップしたとの事例があるそうです。

日本でも、戦前は、障がい者も健常者も小学校から一緒に学んでいました。
勿論、いじめもあったそうですが、障がいを持った子がお漏らしをしたら、冷やかしながらも誰かが助けていたそうです。
でも、戦後、養護学校というものが出来るようになり、障がい者は動物園のオリの中の動物を見るかのように、好奇の目に曝されたそうです。

戦後、養護学校への進学を推し進めていく国に抵抗し、普通学級へ入学させることという運動は、昔から存在していました。
ある家族もそうやって子どもを普通学級へ進学させました。
でも、そうやって普通学級へ入学した障がい児が、周りからの好奇の目に絶えずさらされ、苦しみ続け、最後には自殺した人達もいました。

だからといって、このまま、隔てたままで良いとは思えません。
障がい者も社会の一員だとするならば、小さいころから、体験させていくことが必要だと感じます。

隔てるから尚更、事態が悪化していくのです。
好奇の目ではなく、一緒に暮らしている仲間として向かい入れる準備をさせるには、小さい頃から体験として、学んでいく必要があると思います。

日本においても、やっと、中央教育審議会が「見直すべき」と結論を出し、文科省への報告書が出されました。
この動きは、喜ばしいことです。

でも、まだまだ、一歩目だと感じます。

色々な問題があると思います。
でも、これも、すべてをひっくり返してでも、取り組むべき課題だと感じます。

100人に1人は何らかの障がいを持って産まれてきています。
後期障がいを含めれば、全国民の5%前後が障がい者です。
これから高齢化や医療技術の発達でますます増えていくでしょう。

そして、今、盛んに言われている発達障がいも含めれば、もっと、増えます。
数字的にはその10倍近くになるのではないかとも言われています。

今、隣にいる人が障がいをもっているかもしれない。
なのに、こういう隔たり、区分けが、今更必要なのでしょうか?

前に書いた様に、自殺した障がい者がいるのと同じに、普通学級へ入学した障がい者のすべてが、プラスになったかといえば、そうでないと思う。

でも、私は、心から幸せだったと感じています。
そこから学んだことは、大切な宝だと感じています。
いじめや差別も沢山あった。
私は骨の折れやすい病気なので、友達とぶつかればすぐに入院でした。
でも、今となっては、それらすべての経験が今の自分のすべてを形成してくれました。
共に生きる楽しさも苦しさも知ることができました。
助け合うことの大切さも知ることも出来ました。
だから、とても、ありがたい経験をさせてくれたと、心底思っています。

障がいの程度は、100人いれば100通りあるので、かなり難しい問題だと思うけど。
でも、障がい者も健常者もそこから逃げていたのでは、何も改善しないと思うのです。
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姉刺殺の被告に求刑上回る懲役20年の判決(2012年7月30日21時34分 読売新聞)

 昨年7月、自宅を訪ねてきた姉(当時46歳)を包丁で刺殺したとして殺人罪に問われた大阪市平野区の無職大東一広被告(42)の裁判員裁判の判決が30日、大阪地裁であった。

 

 河原俊也裁判長は、大東被告が広汎性発達障害の一つである「アスペルガー症候群」だと認定。「社会内にこの障害に対応できる受け皿が用意されていない現状では、再犯の恐れが強く心配される」として求刑(懲役16年)を上回る懲役20年を言い渡した。

 大東被告は同月の逮捕後、大阪地検の精神鑑定で、この障害があると診断された。地検は刑事責任能力に問題はないとして昨年11月に起訴。公判で大東被告は罪を認め、弁護側は、犯行には障害が影響したと主張。保護観察付きの執行猶予判決を求めた。

 判決で河原裁判長は「約30年間、自宅に引きこもっていた被告の自立を促した姉に恨みを募らせた」などと動機を認定。障害の犯行への影響を認めたが、「量刑で大きく考慮することは相当でない」として量刑面の弁護側の主張を退けた。

 一方で、障害に対応できる受け皿が社会に整っていないとの認識を示し、「十分な反省のないまま社会復帰すれば、同様の犯行に及ぶことが心配される」と指摘。量刑判断に社会秩序の維持の観点も重要として「殺人罪の有期懲役刑の上限で処すべきだ」と述べた。

 ◆アスペルガー症候群◆ 生まれつきの脳機能障害が原因とされる。著しい言葉の遅れや知的障害は見られないが、対人関係の構築や感情のコントロールが苦手とされ、周囲から理解されにくい面がある。

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この記事、かなり、考えさせられました。

ここには書いていないけど、生き残った家族でさえ受け入れを拒否したそうです。

ネット上では、英断だったという意見と、こんな判決が人権違反であってはならないっていう意見と色々ですね。
色々と意見があって当然だし、両者の意見とも正しいように思います。

山本譲司さんの本「累犯障害者」という本を読むとニュースには絶対にならない一面を読むことができます。
再犯の恐れがあるなしの問題以前に、刑務所が行き場のない障害者の最後のセーフティーネットになっている現実も実際にあり、わざと犯罪を犯して、刑務所に入る人も後を絶たないそうです。

じゃ、そういう施設を増やしていけばいいのか。
確かにそうなのですが、それすらできないって知っていますか?

先日、ある上映会の席。監督さんとの質疑応答の時間で、お客さんのひとりが手をあげ突然「近くに障害者施設が出来ようとしたら、反対運動がおきた」と話していました。
途端、会場がどよめきました。監督も慌てて聞き返していました。

実は、これ実際にある話なのです。
要は、施設ができると不審者が増え犯罪が増える、時価が下がる、という、「えっ?」と耳を疑ってしまう言葉が、どこかしら出てくるそうです。
そして、それが大きくなり反対運動となる。

随分昔にNNNドキュメント『ふるさと東京を離れて』というのを見てびっくりしたのだけど、一時期、都では、反対運動をはじめとした地元の理解不足や時価 の高騰などにより、施設を増やすことが出来ず、苦肉の策として秋田に施設を建設し、身寄りのない障害者をその施設に送ることをしていました。
今でも秋田には東京都管轄の施設が点在しているそうです。

あまりに理解がなさ過ぎなのです。

勿論、犯罪は犯罪として裁かれるべきだとは思うけど、社会に受け皿さえあれば、いくらでも防げる犯罪が沢山あるのです。
障がいがあるなしにかかわらず、たった一つの「違い」から社会から弾かれてしまう人が沢山いるのです。

だから、司法が悪いとか、法律がどうのではなく、社会全体が起こした事件なんだということを自覚した方が良いと思うのです。
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