あの時があったから。

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昨日のイベント。
私自身にとっても、新たな一歩目が踏み出せました。
1年半の闘病生活から、昨日、やっと抜け出せたような気がします。

スタッフのひとりに、「入院中、お見舞いに何度か行ったけど、本当に"もうダメだな"って思ってしまったよ。でも、こうやっていつもと変わりない君を見られて嬉しかった」と言われました。
私自身も、闘病中や何度もダメかもしれないと思ってしまっていたことも多々あったけど、皆の応援のお陰で、こうやって乗り越えられました。
とても、感謝しています。

色々とあった大変な1年半だったけど、このどの瞬間も、必然だったのだろうと思うし、ここまでこられたのも、必要だったからあった大切な出来事の一つひとつに過ぎなかったと思っています。。

イベントの最後には、スタッフから花束まで頂きました。
加津子さんから手渡された時には、驚きと一緒に、「ここまでこれて良かった」と改めて思った瞬間でした。
本当にありがとうございました。

そして、昨日は、スタッフからもう1つのサプライズもありました。
今の私をつくりえるキッカケになった恩師との再会。

小学校に上がるとき、私は、普通学級に行く事に決めていました。
普通に学校にいって、普通に友人をつくり、普通に勉強をし、普通に成長していきたいと。
今では、当たり前の話になりつつある障がい者の普通学級への進学だけど、昔は、障害者は養護学校(今で言う特別支援学校)が通例で、そういう選択自体がありえない時代でもありました。

だから、門前払いは当たり前で、教育委員会やら学校からは、色々と条件を付けられて拒否されていく日々でした。

その条件の中に「何事もなく問題なく幼稚園に通うこと」、とありました。
早速、近くの幼稚園に受け入れてくれないかと、あっちこっちに頼み込んでいました。
が、やっぱり、門前払い。
聞く耳さえももってくれませんでした。

「もうだめかもしれない」と家族で途方にくれる日々を送っていました。
その時、近所に住んでいた方が、声をかけてくれたのです。
「私が勤めている幼稚園に一度、いらっしゃい。」

全ての始まりでした。

東京都日野市で一番古い由緒正しい日野台幼稚園でした。
キリスト教会が隣接されており、そこの牧師さんで、園長先生でもある方。
そして、「日野市心身障害者を守る会」の理事でもあり、「希望の家」という障がい者施設の創立者のひとりでもあり、日本中を周り障がい者、障がい児を取り巻く環境を変え、「障がいをもっていても、そのままの命こそが大切な存在。」と山元加津子さんと同じことを何十年と伝え続けていた人でもありました。

その方の尽力を借り、「希望の家」と日野台幼稚園に在籍しました。

そして、重度障害者へのリハビリテーションとして、当時、最先端をいっていた府中にある多摩療育園も同じく紹介してくれました。
週2~3回、電車で通う日々でした。
それまで、都心まで某大学病院に通っていたのですが、薬と検査だけしかなく、治療やリハビリなどとはほど遠いありさまで、"君はその病院で人間としての扱いを全く受けていない"とはじめて憤慨してくれたのもこの方でした。
歩けなかった私、歩けないと思っていた私が歩けるようになったのも、この方のおかげでした。

2つの幼稚園に通い、リハビリに通い、様々な訓練を毎日行いと、とても、大変で辛い日々でしたが、その全てがキッカケになり、教育委員会と学校が出してきていた全ての条件をクリヤー。
了承が得られ、私は、近くの市立の小学校の普通学級に入学することが出来ました。

この園長先生に出逢わなかったら、今の私は決してなかったと思う。
この方がいてくれたからこそ、今の自分は、生きてこられたのかもと思うぐらいの恩師でした。

昨日は、その園長先生の奥様と娘さん2人(この2人も障害者です)が来場してくれました。
私は、全く知りませんでした。
休憩中、同時字幕(要約筆記)のチームが心配で見に行った時、スタッフから呼ばれてロビーにいったら、その方がいました。
サプライズでした。
本当にビックリしました。

その方が目の前にいたときは、10秒ぐらい停止してしまいました。
「そうそう。元気でいてくれてよかった。」って優しく言ってくれて、とても、嬉しくて、なかなか言葉が出てきませんでした。

私は、産まれた瞬間から、愛を受け取ってきたんだってそう思う。
両親からもそうだし、私を救い上げてくれた園長先生やそのご家族からもそうだし。
今、イベントなどで一緒にやっている仲間たちからもそうだし。

この身体であっても、大変な時であっても、全て愛で、守られていたんだって改めて感じました。

この愛があったからこそ、一昨年からの激動の1年半も、くぐり抜けられる力と勇気を忘れずに持って生きてこられたのだと思う。

あの時、あの瞬間。
あの出会いがなかったら、自分はいなかった。
大変な時も、その全てで、私を良い風に導いてくれていた。
今のこの瞬間を笑いあえるように、幸せになるために。
ちゃんと準備され用意されていたんだと。

そう改めて想い


そして、この命を大切に繋ぎ、紡ぎ、この命そのものを大切に伝えて行こうと改めて思った一日でした。

本当感謝しています。
全ての日々に。
全ての時に。
全ての人に。
ありがとう。

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このページは、Nipopoが2012年4月 2日 23:31に書いたブログ記事です。

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